トップページに戻る

第一話 二年五組 VS 二年八組

あなた達の世界よりも「少し未来」のこの世界。

この世界ではたまに普通の人間とは異なる「異常者」が現れることがある。

彼らの存在は一般には知られていないが、彼らを知る一部の人々はこの「異常者」達のことをこう呼ぶ、

『エキドナ』と。


御川(みがわ)市。

昔、四方を川で囲まれていたという珍しい立地条件をしていたこの町は、江戸時代に流通の拠点として、そこそこ栄えていたそうだ。(そこそこの理由として雨による川の氾濫の被害が酷かったかららしい)

今では、この御川市はドーナッツ化現象のちょうど生地の部分にあたり、住宅街が密集する町になっている。
ちなみに四方を囲んでいた川のほとんどが道路工事やなんやらで地上から姿を消していて、今は東を流れている途神川(とがみがわ)しか残っていない。
つまり、駅には急行電車も止まるし駅前は多くの住民目当ての様々な店のおかげで発達しているが、駅から少しはずれると住宅と畑しかないという、都会とも田舎とも言えない中途半端な町がこの御川市である。

学校というのはこのようにそこそこ発達している町に創られるもので、俺が通っている県立南御川高校もその1つである。

男女共学で偏差値55、大学進学率もまあまあという普通すぎるこの県立南御川高校は県立特有である「学費の安さ」を第一の売りとし、近隣住民には「近さ」を、遠くの人にはどこかのお嬢様学校かと思わせる県立高校あるまじき「女子制服の可愛さ」を第二の売りとして毎年必死に学生を集めている。
ちなみに男子の学制服は他の学校とたいして変わらない。

俺なんかでホントにいいのか? と思うところだが、この物語の主人公をつとめさせてもらう俺、一条 茘枝(いちじょう れいし)も御川市住民として「近さ」に惹かれてこの学校に入学した一学生である。
まぁ、この学校には俺の仕事仲間がいるから入学したという理由もあるのだが、このことについては後ほど分かる事なので今は詳しい説明は避けさせてもらおう。

あと2週間もすればゴールデンウィークに突入する四月の中旬である今日、無事に高校2年生へと進学し早くも五月病に襲われた俺は自分の腕を枕に、春の代名詞といえる暖かい陽射しを毛布に、数学を教えている森の意味不明の呪文を子守唄にして惰眠を満喫していた。


一限の数学の授業の終了を告げるチャイムが聞こえ、俺が目を覚ますと、なぜか数学を担当している森ではなく科学を担当している秋山が教室から出て行く姿が見えた。
もしかして、俺が寝ている間に森が倒れ、残りの時間の埋め合わせとして秋山が授業をしていたんじゃないかと思い、森が倒れる瞬間という一大イベントを見逃した自分の睡魔を責めていたら「やっと起きたか。いつもいつもどんな楽しい夢を見てるんだお前は?」と俺の前の席に座っていた江口が自分の机を俺の机と向かい合うようにくっつけ、弁当箱を広げてるのを見て、あぁ、さっきのは四限の科学の終了を告げるチャイムであり、今は昼休みである事を理解した。

知らないのか? 江口。夢っていうのは浅い眠りの時に見るもので、一限から四限まで寝ている俺は紛れもなく深い眠りなわけで、つまり夢なんぞ見る暇もなく爆睡してたっていうことだ。

弁当を既に三分の一ほど自分の胃の中に納めた江口は「俺が言いたい所はそこじゃねぇーよ。何をどうしたらそこまで寝れるんだって所だ」と、次の獲物である卵焼きに箸を突き刺す。

そりゃぁ、深夜まで世界を救うために頑張ってるからな。
数日前、あまりにも暇な事を花梨(かりん)に相談してみたら、意外にもゲーム好きだった花梨は俺にゲーム機とソフトを貸してくれた。
ソフトの内容は勇者が世界征服を企む魔王を倒すというなんともベタなRPGだったが、やってみると意外に面白い。
今は平和に暮らしていたであろう銀色のスライム達をレベルを上げる為に一匹残らず虐殺するという勇者あるまじき行為に走っている。

「そうかい。せいぜい世界を守っててくれ」あきれ顔を作りながら江口は春巻きを一口で飲み込む。
「というか茘枝よ、そんなに暇ならどこかの部活に入れ。そうだな、運動部がいい。運動神経が良いお前なら二年で入部してもどこでも即レギュラーだ」

お断りだね。
高校二年生にもなって毎日毎日汗を垂れ流すだけの青春なんてまっぴらだ。
俺ならもっと有意義に青春を謳歌するね。…まぁ、その結果がゲームというのも自分でもどうかと思うがな。
それに一般入試でこの高校に入った俺はスポーツ推薦で入った江口とは違い、部活に入らないといけないという義務はない。

「だったら、なおさら運動部に入る事をすすめるね。青春とはすなわち恋愛だ。そしてスポーツをする人間とはすなわちモテると相場が決まってるんだよ」と、箸を持つ右手をブンブン振り回しながら江口は力説する。

まさか江口、お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかったぞ。
運動ができるだけでモテるのはせいぜい中学生までだ。
それに、残念ながら運動ができる人間全てがモテるとは大きな勘違いだ。
サッカーを例にとるなら、モテるのは相手のゴールネットに次々とボールを突き刺すオフェンスのみだ。
それはサッカー部でディフェンスというポジションのお前が高校に入学してから今まで彼女なんてできたことがないという事実が証明しているのさ。

「くっ、痛いところを…どうして女っていう奴はディフェンスの大切さが分からないのかね? いつもいつもオフェンスばかりにキャーキャー言いやがってよぉ。ま、あんな奴らこっちから願い下げだけどな。俺にはもっとこう…なんていうか、俺に見合うだけの器量の大きい子じゃないと。まぁ、いままで彼女がいなかったのはそういう子になかなかめぐり合えなかったっていう運の悪さ? つまり…」と、長々と愚痴をこぼし続ける哀れな江口は最後の米一粒を食べ終えると、「あーあー、お前は良いよなぁ茘枝、彼女がいてよー」と、今日の出番はこれでなくなった箸で教室のドアがある方角を指した。

その箸の先を目で追ってみると、隣のクラスの花梨が可愛らしいウサギの絵がいっぱいプリントされた布で包まれた重箱その上に銀色の水筒という不安定な物体を両手で持ち、うまくバランスをとりながらこっちに向かってきていた。

江口よ、お前の目は節穴か? アレが俺の彼女だって? 笑えない冗談はよしてくれ。 アレは単なる食糧補給係りにすぎんぞ。

「食糧補給係りねぇ。愛がなくてよくあんな物が食えるな茘枝。俺はてっきり愛情が入ってるからなんとか食べられるんだと思ってたぞ」と江口は俺に同情するような目線を送ってくる。

教えてやるつもりはないが、今俺の目の前にいる高校からの友達、江口 洋介(えぐち ようすけ)はとんでもない勘違いをしている。(まぁ、勘違いの原因を作ったのは俺なのだが)
つまり何を勘違いしているのかというと、あの重箱に入っているであろう花梨の手作り弁当は高確率ですごくおいしいという点だ。

ドスンという重たい音が聞こえてきそうな重箱を俺の机の上に置いた花梨は「なんの話しをしてたのっ!?」と寝起きの俺には少々きつい元気すぎる声を出しながら、食堂に行ってるのであろう宿主がいない無人の席を見つけて、それを俺の席の隣にくっつけ、そこに座った。
江口がなぜモテないのか? というテーマで議論してる最中。と俺が答えて、江口が「うるせー」と反論、花梨は「あははっ! なんでだろうねぇ〜!?」と、まぁ楽しそうに笑いながら可愛いウサギのプリントが入った布の結び目をほどいて重箱を取り出した。
今日の重箱は4段だ。

さて、今日一番緊張する瞬間がやってきた。
俺は息を殺して花梨が重箱の蓋を開ける瞬間を見守るわけだが、果たして出てくるのは天使かそれとも悪魔なのか。

1段目、フランスパンとバター。
2段目、日本じゃあまり見かけない色とりどりの野菜が何種類もふんだんに使われ、上に白いドレッシングがかけられているサラダ。
3段目、子羊の骨付きステーキ、特性ソースをかけて。
4段目、チョコレートのムースプリン。
水筒の中身はコーンポタージュ。
要するにフランス料理のフルコースである。

ホッとしたね。


ここで多くの疑問が生じた人が多いと思うので、花梨の簡単な紹介と共に説明させて頂こう。俺主観で申し訳ないのだが、最後まで聞いて欲しい。

今、俺の隣でバターを塗ったフランスパンにかじりついている瀬々木 花梨(せせらぎ かりん)は俺とは小学校からの幼馴染で、高校も同じになってしまった腐れ縁である。
ちなみにクラスは一緒ではなく、花梨は隣の二年四組の生徒である。
性格は無駄に明るく、とにかくいつも楽しそうに笑っている。
その為、人受けは大変良く、交友関係の広さを俺と比べるなら俺は野球ボール、花梨は地球ぐらいの差はあるだろう。
ついでに勉強の成績をいつも赤点ギリギリの俺と比べてみると俺は野球ボール、花梨は銀河ぐらいの差があるように不公平なほど花梨はこの学年トップクラスの頭の良さを持つ。
まぁ、たまに超天然ぶりを発揮するがな。
で、美術部に所属する一生徒であり、俺の食糧補給係りである。

この高校に入学した当初、中学まであった給食制度という素晴らしい食文化を思い出しながらなんの温かみも感じられないコンビニのパンをかじっていた俺を見た花梨は「栄養バランスに欠けるっ!」と騒ぎ立て、次の日から俺の分の弁当も作ってくれるようになった。
最初、弁当を正月のおせち料理を入れるような重箱に入れて持ってきたときにはそのあまりにも強大なボケに対し俺は成す術なく立ち尽くし、花梨のボケを受け止めてもらう為には花梨をどこの芸人プロダクションに入れればいいのか真剣に考えつつ重箱を開けてみると、一泊3万円以上の料亭で出てきそうな日本料理のフルコースが出てきて俺を心底ビックリさせた。
あと50年俺が年を取っていたら心臓発作で間違いなく死んでいただろうね。
そして食べてみるとこれがまた旨い。
もし俺がミシュランの審査員だったら2ッ星は絶対あげるだろうという花梨の知られざる才能に俺は心から感服したのを今でもよく覚えている。

こうして、花梨・アントワネット女王の「コンビニのパンは栄養に欠けるから私の弁当を食べなさい」発言により食のフランス革命を迎えた俺は日本・フランス・イタリアなどの様々な国の料理を満喫することになる。

その時にはメニューにより重箱の段の数が変化する事も理解したし、なぜ朝の短い時間にこんな料理を作れるんだ? という疑問に対しては花梨の家のキッチンのみ時計の針の進み具合が遅いんだろうと1人で納得していた。

だが食のフランス革命から4日後、突然食の世界恐慌が俺を襲った。

その日の重箱は3段で、一段目がかに玉あんかけ丼、二段目がエビチリ、三段目が杏仁豆腐という中華料理のフルコースだった。
いつも通り見た目も匂いも完璧だった。
そしていつも通りに俺は目を輝かせながら一段目のかに玉あんかけ丼を食べたのだが、おかしなことに俺の舌の神経細胞がしょっぱさ・甘さ・酸味・辛さ・苦味以外の未知なる情報をキャッチし、それを脳に送った。
俺の脳はオイルショック時のトイレットペーパーを買い求める主婦たちのように混乱し、出した結論は「不味い。生命の危機です」だった。

俺は悶絶したね、生まれて初めて。
「まぁ、弘法にも筆の誤りっていうように誰だって一度ぐらいは失敗(失敗というか大大失敗)するもので、今度日を改めてかに玉あんかけ丼に挑戦すればいいさ」と心の中で花梨を励ました俺は口直しに二段目のエビチリを食べた。

悶絶したね、生まれて二度目。
「なんだこれは? 何かの冗談か? だとしたら花梨、お前はやってはいけない事をしてしまった。お前の弁当は俺の一番の楽しみなんだぞ」と半ギレ状態に陥った俺は食べ物を恵んでもらってる身でありながらも文句を言ってやろうと、今頃隣で俺の悶絶する顔を見ながら笑っているであろうドッキリしかけ人の花梨を見たのだが、花梨は笑ってなどいなかった。
というか、俺を見ていなかった。
ただ、おいしそうに普段通りにかに玉あんかけ丼とエビチリを食べていた。

その後俺は杏仁豆腐で人生三度目の悶絶を味わい、家に下校するや否やほこりを被っていた広辞苑を取り出し、「悶絶」という単語のところに「花梨が作る中華を食べること」と書き足した。

そう、花梨の料理の才能には一つの弱点があったのだ。
「花梨の作る中華料理は見た目も匂いも完璧なのに味はとてつもなく不味い。しかも、そのことに本人は全く気が付いていない。」という大きな弱点が。

最初は何かの間違いだと思ったさ。
でもその後も週に1・2回の確率で出てくる中華はことごとく俺を悶絶させ、ことごとく花梨はおいしそうに食べていた。

「中華は不味い」と正直に告げた日もあった。
そんな俺の悲痛なる訴えを最初はぽかんとした顔で聞いていた花梨だったが、数秒後、いつもの無邪気な笑顔に戻り、「そんなわけあるかいな!」と関西人でもないのにわざわざ関西弁でつっこみ、俺の頭を軽く叩いた。
どうやら俺が冗談を言ったと勘違いしたようだ。

「実は俺、中華って苦手なんだよね」と言ってみた日もあった。
そしたら花梨は「私が克服させたげる!!」とその後一週間も連続で中華が続き、この期間中「昼休み、現実と天国の間を彷徨う」というのが俺の日課になった。
この期間中、川の向こう岸にあるきれいなお花畑で俺のことを笑顔で「おいで、おいで」としていた美人の天使さん達が五日目を過ぎたころには「ちっ、またお前かよ」っていう顔になっていたのは今でも忘れない。

「俺の中華に対する味覚が間違ってるのか?」と思った日もあった。
試しに江口に餃子を食べさせてみたら、江口の顔がみるみる青くなり、その日江口は一言もしゃべらず、次の日、俺はトイレで江口から「茘枝、お前を心から尊敬する。」と真面目な顔で言われた。

ちなみに江口は入学した当初、校内の全女子生徒を自分の趣味主観でランク付けするという何にも役に立たない事をしており、それによると花梨は「Bプラス」だったのだが、餃子を食べた後は「Cマイナス」に変更したそうだ。
どうやら、未来の嫁さんに対する願望として「料理が上手い人」というのは江口にとって重要なポジションについているようだ。

ちなみに今でも週に一回は必ず中華の日はやって来るわけで、しかも花梨はどんな料理でも完食しないと許してくれないので、俺は中華が日本でメジャーな料理になっている事を恨みながら(たまに、モンゴル料理などの変わった料理が月に一回ぐらいのペースで出てくる時があり、それらも当然のように美味い為)、釈迦もビックリするような悟りの境地で中華を完食する。

長々とした過去の話で申し訳なかったが、まぁ、こんな訳で俺は今、安心して子羊の骨付きステーキにかぶりつき、中華しか食べた事がない江口は同情するような顔で俺の事を見ているのである。
そして江口の同情する目線を羨望の一種だと勘違いしたらしい花梨は「洋介君も食べるっ?」と子羊の骨付きステーキが入った重箱を江口に勧めているが、江口は「お腹がいっぱいだから…」などと必死に断っている。

数分後、このままだと食べるはめになると思ったのか、それともさっきまでしていた話を思い出したのか江口は唐突に「しかし、俺は明日からモテモテの人生を送るのだ!!」と駅前で選挙運動をしている立候補者のように高らかと宣言した。

それを聞いた花梨は新しい積み木を買ってもらった三歳児のような無邪気な笑みを見せながら「あはははっ! 頑張ってね洋介君っ! 私、違うクラスだけど応援するよっ」とエールを送り、江口のそのあまりにも大きすぎる声での宣言は他の周囲のクラスメイトの耳にも聞こえていたようで特に男子から「応援してるぞ! 江口」「モテたら俺にも女の子紹介してくれ―」「いいぞ江口! 相変わらずバカ全開だな(笑)」などと激励の声がかけられた。

俺は駅前の選挙立候補者の演説に全く興味がない通行人のようにフランスパンをかじっていたのだが、江口に肩を叩かれ、「お前にも期待してるぞ茘枝!」とあっけなく捕まってしまった。

とはいえ、かくいう俺も部活に入るほどではないが体を動かす事は好きなので、意外と明日の球技大会は楽しみだったりする。

そう、体を動かすのには最適な季節を迎えた為なのか、新学年になりクラス替えで多少なりとも変わったクラスメイト達との親睦を深める為なのか、それともまだ先生方も授業をするのがめんどくさいのか理由は知らんが、明日、全校生徒を対象とした球技大会が行なわれるのである。
しかも明日は金曜日で土日は学校は休みの為、翌日の事など考えずに思いっきり体を動かせるという配慮付きである。

ちなみの俺と江口は二年生男子バスケットトーナメントに出場する事が決まっている。

学校全体のイベントという事で明日は多くの生徒がクラス・学年問わず観戦するのは間違いなく、そんな大勢の観客の中で活躍すればモテモテになる事を確信している江口はこんな訳で張り切っている。


さてさて、ここで急に話を変えて申し訳ないが、今昼ごはんを食べている俺たちつまり俺、花梨、江口の席の並び方を上空から眺めて欲しい。

俺の右隣に花梨が、俺の前に江口が座っているので、上空から見ると席のつなげ方はアルファベットのLのような形になっているのだが、想像できただろうか?
そして、俺から見て右斜め上つまり花梨の真正面が空白なことに不自然だと感じてくれただろうか?
この空白に席が入ればちょうど長方形の形になるのにと思ってくれただろうか?

もちろんこの空白には席が入り、この席に四人目が座る事になる。

その四人目であり、同じクラスでもある九重院 晃(くじゅういん あきら)が「諸君、最新情報を仕入れてきたぞ」といつもみたく気配なしに俺の後ろに立っていた。
九重院との付き合いはこの高校に入学してからなので、もう一年以上たっている。
よって、突然声がして九重院が後ろに立っていたとしても俺達は驚かない。
さすがに順応したさ。

俺は「はやく飯食わないと昼休みもうすぐ終わっちまうぞ」
花梨は「晃君、こんちわっ!」
江口は「待ってたぜ、晃」と各々ふつうに出迎える。

俺が行って確かめた訳ではないので真相は定かではないが、九重院という立派な苗字からしてさぞかし立派な家の出だろうと思いきや本人いわく家はアパートという九重院の外見は適度に短い黒髪で眼鏡をかけていて、第一ボタンまでしっかり留めている。
一見すると絵に描いたような頭が良い生徒会長に見えるのだが、別に生徒会長でもクラス委員長でもなく、成績も中の下ぐらいである。
実際はミステリーサークル部に所属する一生徒であり、このクラスの諜報員である。

ちなみにミステリーサークル部というのは、この高校にある部活動の一つで、この世の不思議やミステリーを研究したり追い求める部活なのだそうだが、先日、体育館で行なわれた新一年生を対象にした部活説明会にミステリーサークル部の名前はなく、校庭での勧誘活動も行なっていなかったと、サッカー部として参加していた江口・美術部として参加していた花梨両方から聞かされた。
したがってどうやって入部すればいいのかさっぱり謎な訳だが、九重院が言うには今年は有望な新入生がそこそこ入部したそうだ。
ちなみにその時俺は「何を基準にして有望かどうかを決めるのか?」なんていう無駄な質問はしなかった。

そんな謎だらけの九重院は先の花梨と同様、近くの無人の席を見つけ、花梨の席と向かい合うように席をくっつけ、そこに座った。

花梨はいつもみたいに九重院に子羊のステーキを勧めたが、九重院は「拙者、他人が作ったものは喉に通らぬ。すまん」といつも通りに断り、コンビニの袋から市販のオニギリを取り出し、食べ始めた。
さっきも言ったが俺達は付き合いが長いので、「市販のオニギリも他人が作ったものだろ」とはつっこまないぜ! どうやらあいつの中では自分がお金を出して買ったものなら自分が作った事になるみたいだしな。
で、市販のオニギリが入っていたコンビニの袋をよく見ると、聞いた事のない名前のコンビニ名だったりするのも俺達はつっこまないぜ! なんだって付き合いは長いからな。
ちなみに、断られるのを分かっていて花梨が毎回九重院に弁当を勧めるのは、互いにそれがあいさつみたいなものになっているからである。

待ちきれない江口が「で? その最新情報を早く教えてくれよ」とクラスの諜報員に尋ね、クラスの諜報員である九重院は「まぁ、待て。そんなにせかすな」と胸ポケットから手のひらサイズのうちの高校の校章が入っている手帳、つまり学生手帳を取り出す。
ちなみにこの学生手帳は26代目であり、なぜこんなにも多くの学生手帳を九重院が持っているかというと九重院は学生手帳に数ページあるメモ帳に自分が仕入れてきた情報を書き込む癖があるからである。
多分、学生手帳を365日離さず持ち歩き、その中のメモ帳を活用している奴なんて日本中探しても九重院だけだと思うね。

左手にオニギリ、右手に生徒手帳という器用なスタイルで九重院は「さて、洋介が希望していた明日の球技大会の情報、特に二年男子バスケットボールトーナメントの情報なんだが、先ほど職員室でそのトーナメント表が決められた。それによると、残念なことに我が二年五組は二回戦で二年八組とぶつかることが判明した」と報告した。
ちなみにトーナメント表が生徒に発表されるのは本当ならば明日の当日なのだが、流石はクラスの諜報員と言ったところか。

九重院が持ってきたこの最新情報はあまり良くない情報だったようで、江口は「よりにもよって早すぎる」と大胆に舌打ちし、花梨は親に些細ないたずらが見つかってしまった幼稚園生みたいな顔をして「あちゃー」と舌を出している。
ちなみにいまひとつ意味が分かっていない俺は当然のように「二年八組っていうのはそんなに強いのか?」と質問するわけだ。

江口は現代の日本にタイムスリップしてきた江戸時代の侍を見るような顔で、花梨はいまどき携帯電話ではなくPHSを使っている友達を見るような顔で、九重院は興味深い物を見るような顔でそれぞれ俺を小バカにしやがった。
江口はそのままの顔で「茘枝、お前、二年八組の坂上 隼人(さかがみ はやと)って奴を知らないのか?」と尋ねてくる。

坂上 隼人? いや、聞いた事ないな。悪い、俺は人の名前を覚えるのは苦手なんだ。去年のクラスメイトの名前も全員言える自信がない。よって他のクラスだった奴なんて論外だ。
それで、その坂上って奴はそんなにバスケが上手いのか?

「一条 茘枝。君はやはり興味深い存在だ」と気色悪い前セリフを吐きながら、クックックと笑っている九重院は「坂上 隼人。隣にいる洋介と同様、スポーツ推薦でこの高校に入学してきた男だ。お察しの通り、その推薦というのがバスケットボールでの推薦な訳だが、バスケ部の中で唯一彼は一年生でレギュラーになり、去年はそのまま県でも無名だったチームを関東大会まで導いている。バスケでのポジションはPF(パワーフォワード)つまり相手の陣地に突っ込み、シュートをガンガン打ってくる役割だ。ほら、一年生での最後の終業式の際、校長から賞状を貰っていたのを覚えてないか?」と続け、「無理、無理。俺と茘枝は終業式なんか参加してるのは体だけで、意識は他の世界に旅立っていたさ」と俺の気持ちを正確に代弁した江口は「しかもあいつは性格が良いって評判なもんだからモテるんだよ。今だって朝倉っていう俺の中ではランクAマイナスのいい女と付き合ってんだよ。かぁ―――うらやましぃぃぃ―――!」と嫁をいじめる姑みたいに嫉妬している。

全く、張り切ったり、がっかりしたり、嫉妬したりとうるさい奴だ。

食後のムースプリンを食べていた花梨も「朝倉 柚子(あさくら ゆず)ちゃんでしょ?」と反応し、「私もたまに話すんだけど、いい子だよっ! バスケ部のマネージャーをやってるんだけどっ、女の子らしすぎない適度な女の子って感じっ。坂上君も女子から人気あったけど、柚子ちゃんも同じように男子から人気があって、そんな二人だったからくっついても誰からも文句は出なかったみたい。もう半年以上付き合ってるラブラブカップルだよっ! でも、私としては坂上君みたいな完璧な男性よりは少し欠点がある男性の方が好みかもっ!」と、どうでもいい情報と共にあははっと笑いながら説明してくれた。

まぁ、つまり明日俺たちが二回戦で戦うことになる坂上という奴はスポーツ推薦でこの高校に入ってきたという点では江口と同じだが、それ以外の点は江口とは全く逆のいい男ってことか。

俺のこの完璧な理解に九重院と花梨は「うむ、その通りだ」「あははっ、そーゆうことだねっ!」とそれぞれ素早く同意してくれたが、俺の前に座っている本人だけ「うぉ――い!?」となぜか同意してくれなかった。

「ということはな」と俺と江口のコントをクックックと笑って見ていた九重院が口をはさんできて、「このクラスの中で坂上に勝てる可能性があるのは、ろくに努力もしてないくせに天性の運動神経がやたらに良いお前だけなのだ、茘枝」と俺に無意味な喧嘩と無意味なプレッシャーをかけやがった。
江口と花梨も「うんうん」とうなずいているが、そんなに期待されてもな。
まぁ、様子をみながらそこそこ頑張るさ。


「ところで相談があるのだが…」と九重院の声がしたので俺達は再び九重院に顔を向けると真面目な顔をした九重院の姿があった。
そんな九重院の姿は珍しいので俺達は耳を傾けると、九重院は26代目の生徒手帳を胸ポケットに戻し、その代わりに22代目の生徒手帳を取り出し、そのメモ帳の欄を見ながらこう言った「さて、再来週にはゴールデンウィークに突入する訳だが、我がミステリーサークル部では新入生歓迎会の意味も込めて都内にある有名な動物園の地下で秘密裏に飼育されているという謎の地球外生物の正体を暴くという大規模な作戦を行なう事になったのだが、その作戦に必要な人数が足りなくてな。どうだ、参加せぬか?」

「お断りだねっ!」俺達は口を揃えてそう答えた。


翌日。金曜日。

予定通りこの日は球技大会が行なわれた訳だが、結果から言おう。俺達、二年五組男子バスケットボールチームは二回戦目で敗北した。
敗北までの過程を説明すると以下のようになる。

まず、初戦である一回戦。

対戦相手は二年三組だったが俺達の敵ではなく、特に活躍したのは何を隠そう我が友、江口 洋介だった。
江口はバカだしモテないが、サッカーのスポーツ推薦でこの高校に入学してきたのは伊達ではなく、運動神経は他の生徒を凌駕していた。それは「バスケの経験があまりない」という事実をもおぎない、次々と相手のゴールリングにボールを飲み込ませていった。
認めよう、江口が少しかっこよく見えたことを。

ちなみに、先の話しで分かった人もいると思うが、いつもディフェンスの大切さを語っている江口のポジションは本人の強い希望によりなぜかフォワードだった。
そして、本人はとても楽しそうに、というか日頃のサッカー部ディフェンスという地味なポジションのうっぷんを晴らすようにガンガン、シュートをうっていた。
もしかすると江口はフォワードというポジションに強い憧れを持っているのかも知れない。

ディフェンスのポジションに就いていた俺はというと、暇で暇でしょうがなかった。
なにしろほとんどの時間江口が1人でボールを持って攻めていたので、相手はほとんど攻めてこなかったのである。
まぁ、たまに攻めてくる相手をガードしたり、相手がシュートして外したボールをリバウンドでとったりしていたが、それも数回だった。

だが、江口にとってこの初戦、大きな誤算が1つだけあった。

観客のほとんどが俺達の試合など観ていなかったのである。

俺達の試合は第一体育館のAコートで行なわれていたのだが、同時刻同じ体育館のBコートで江口の宿敵(江口が1人で勝手にそう決めた)である坂上 隼人率いる二年八組の試合が不運にも行なわれていたのだ。
よって、観客(特に女子)のほとんどがBコートの試合を観戦する結果となった。
また、俺達の試合を応援するはずの二年五組および相手チームの二年三組の女子達は同時刻、第二体育館で女子バレーボールの試合があり、全員第二体育館に移動していた。
つまり、俺達の試合を観戦していたのは九重院を筆頭にしたバスケのチームに選ばれていない二年五組および相手の二年三組の男子数名。
女子で唯一俺達の試合を観戦していたのは二年四組の瀬々木 花梨ただ1人だった。

それでも、それでも我が友、江口はその事実を知っても落ち込まなかった。

逆に、「自分の見せ場を許可もなく奪っていった」と坂上に対する理不尽な怒りを燃え上がらせた江口の嫉妬は凄まじく、その嫉妬は江口が持つ容量の限界を超え、外ににじみ出た。
外にでた嫉妬は何故か俺以外の二年五組のバスケットボールのチームメイトに感染し、江口プラス俺以外のチームメイト三人イコール計四人は異常なテンションに包まれた「坂上を負かし、俺達で新しいモテモテ創世記を作る」と。
そう、彼ら四人はこの瞬間、ローマ帝国十万の兵を前にしても怯まない「嫉妬」という名の気迫を身につけた英雄になったのだ! ……俺だけが取り残されていた。

そして迎えた二回戦。

気迫だけではどうにもならなかった。
英雄四人プラス一般市民である俺イコール計五人は坂上 隼人という現実にあっけなく押しつぶされた。

はじめ、試合前のチーム同士の挨拶の場で初めて坂上 隼人を見た俺の感想は「意外に小さいな」だった。
確かにモテると言われているだけあって顔はカッコ良かったが、どうみてもバスケには向いてないと思われる身長は165cmぐらいしかなかった。

だが、俺の考えは甘かった。

坂上は一回目の攻撃でスピードと弱点だと思われていた体の小ささを存分に活かし易々と俺の横をすり抜け、シュートし、点を取っていった。
「な!?」俺が思わずこう言ってしまったのも無理はない。
俺は目でも坂上を捉え切れていなかった。

二回目の坂上の攻撃は目で捉えることができたが、体がついていかなかった。

四回目で体がついてきて、五回目で初めて坂上をシュートポイント前でブロックした。
すると坂上は自分で無理やり点を取りにいくのを諦め、味方に的確なパスを出し、味方にシュートさせたり、たまに自分自身で点を取りにきたりと、多種多様な攻撃を仕掛けてきた。

俺一人ではどうしようもなかった。
これほどまでに「バスケというスポーツは仲間と行なうものだと」思ったのは生まれて初めてだった。

一方の江口も同じことを思っていたようだった。

江口の運動神経の良さを開始早々見抜いた坂上は味方に江口を重点的にマークするように命じた。
バスケ初心者の江口はこれだけで手も足も出なくなってしまい、「くそ―――」と叫びながら無理な位置から全然リングに入らないやけくそなシュートを何本もうっていた。

そんな江口のシュートは一回戦目ではあんなにかっこ良く見えていたのに、この試合では不細工そのものだった。
後半に入り半分諦めていた俺はその理由を考えていたのだが、「坂上のシュートフォームが完璧すぎて、江口のシュートの粗さが目立つのが原因」と理科の対照実験の要領で答えを導き出した。

坂上をより注目させる為の噛ませ犬状態になった俺達はそのまま反撃できないまま、敗北したのである。


で、昼休みに入り、俺はいつもの三人と一緒にいつもの教室で昼飯を食べている最中なのだが、俺は今、ものすごく落ち込んでいる。
それはもう浪人生が一年間頑張って勉強したのに志望校に落ちたぐらいの勢いで。

「バスケで負けたから落ち込んでいるのか?」だって? いいや、違うよ。
俺は負けず嫌いでもないし、モテたいとも思っていない。
目の前で、ぶつぶつ「俺のハーレム……」とぼやきながら、自分の弁当に入っていたエビフライの衣と身を綺麗に剥がし、前世のエビの姿を再現させている江口と一緒にしないでくれ。
むしろ負けて良かったさ。勝ってたら午後も試合する羽目になってたし。もう十分体は動かしたさ。
午後はブラブラ他の所の試合でも観ながら時間を潰すのさ。

「じゃあ、なんで落ち込んでいるのか?」だって?
決まっているじゃないか、俺の今日の昼飯は肉まんとあんまんっていう「中華」だからだよ。
はぁ〜、久しぶりに体を動かしてことでお腹が空いていたからいつもより余計に花梨の弁当が楽しみだったのに。
よりにもよって中華とは。
今週は最初の月曜が中華だったから、二度目が来る確率は低いと思っていたのに、まさか今日(金曜)とは。

花梨のバ――カ。

「ん? なんか言った?」隣に座っている花梨がこっちに顔を向けてきた。

「なんでもない」俺はこう答えて再び肉まんを口にする。
ん〜不味い!


少し時間が経ち、肉まんの生地の部分と具の部分を別々に食べれば不味くないかもしれないという名案を思いついた俺がそれに挑戦してみて結局後悔している時、残りの二人は未だに落ち込んでいる江口を励ましていた。

一人はジャンガリアンハムスターのように口いっぱいに肉まんをおいしそうにほお張りながら「(モグモグ)ふっはいせんのよほすへくん、(モグモグ)はっほよはったほ。(モグモグ)きょほわうんがわふかっただふぇはよ(ゴクンッ)ね?」…なに言ってるか分かりません。
もう一人は片手に生徒手帳を持ちながら「洋介、お前はそういう天命なのだ。」…励ましになっていません。

つっこむ気力もない江口の代わりに俺が二人につっこんでやってると、視界の端で意外な客がこの教室に入ってくるのを捉えた。

教壇側のドアから入ってきた客はこっちに向かってきている。
クラスにいた何人かはその意外な客に気づいたようで女子は歓喜のオーラを男子は微量の殺気を出し始める。
隣にいた花梨も気づいたようで、一旦肉まんを食べるのを中止して、不思議そうな顔でその客を見ている。
江口と九重院は席の配置上、教壇に背を向けて座っていたので気づいていなかったが、俺と花梨の様子に気づいたようで後ろを振り向いた。

多分、このクラスの中で一番驚いたであろう江口が反射的にこう言った「なんで、お前がここにいる!? 坂上」

先ほどのバスケの試合で俺達を負かした張本人であり、江口が落ち込む原因を作った張本人でもある坂上 隼人が何故か俺達の目の前に立っていた。

江口と数人の男子からの殺気に気づいた坂上は丁寧な口調で「すまない。このタイミングで来るのは失礼だとは分かっているんだが、どうしても一条君と話がしてみたくてね」と俺に視線を向けてきた。

俺と? 別に構わないが、あんまり面白い話は期待しないでくれ。
どうせだったら、俺の前に座っている江口と話をしてやってくれないか? 是非、君からモテる方法を聞きたいそうなんだ。

坂上はムッとした顔の江口の顔を一瞬見て、今度は俺と江口両方が視界に入るように顔の位置を調整してから「モテる方法があるのなら、僕も知りたいところだよ」と微笑で答え、「実は君をバスケ部にスカウトしに来たんだよ。本当ならば江口君もスカウトしたかったんだが、すでにサッカー部のエースとして活躍していると聞いてね、残念だよ」と心から残念そうな顔をしてここに来た目的を言った。

さっきの試合で手も足も出なくて泡を吹いていた俺をスカウトだって?
冗談はよしてくれ。
俺をスカウトするぐらいなら幼稚園児をスカウトしたほうがまだ使えるぜ?

「謙遜はよしてくれ。失礼だが、バスケットボールの経験は?」

ないな。体育の授業や友達なんかと遊び程度でたまにやる程度だ。

坂上は「けして悪い意味ではないから」と俺にことわってから、「だろうな、一条君の動きは初心者の動きそのものだった。だけど、あんなに運動神経が優れていて、あんなに僕を恐がらせたのは一条君が初めてだったよ。なにせ、さっきの試合の序盤で僕の動きを見切り、ガードしてみせたんだからね。驚きを通り越して驚愕したさ。だから僕はバスケの経験の差を活かして小細工な手に走ったんだ。多分最後まで一条君と真っ向から勝負していたら負けたのは僕達のチームだったかも知れない」と熱弁をふるった。

お前こそ謙遜だな。まぁ、バスケ部のエースから絶賛されるのは光栄だがな。
でも悪いな、俺は部活動で青春を謳歌するつもりはないんだ。他を当ってくれ。

「おいおい冷たいなぁ、茘枝。せっかくバスケ部のエース自らスカウトしに来てくれてるんだぜ? 良い話じゃねぇか。俺もサッカー部のエースという肩書きがなけりゃ、乗ってるんだがな。もう少し考えてやってもいいじゃねぇか」と先ほど「サッカー部のエース」などと呼ばれてすっかり気を良くした江口があっさり坂上の肩をもっていた。

「その通りだ洋介。茘枝よ、お前の言う青春の謳歌というのは所詮家に帰ってゲームをするぐらいだろう? だったら、お主の無駄な才能をバスケ部の人々の為に活かしたほうがよっぽどマシだとおもうがな」とクックックといつもの笑い方をしながら九重院も面白そうに坂上に味方する。

花梨に至っては、あははっと無邪気に笑いながら「おめでとうっ、茘枝!」と勝手に決めてやがる。

「うるせ―ぞお前ら。勝手に人の放課後の時間の使い方を決めるな。それにゲームをするのが俺の青春の謳歌の仕方じゃねぇ。俺はまだ謳歌の仕方を模索中なんだよ。少なくとも部活動だけではないことは確かだけどな」と俺はややふてくされる。

「そうか、残念だよ。君がきてくれるなら関東どころか全国制覇も夢ではないと思っているんだがな。だが、模索するのに飽きたら是非見学に来てくれ。我がバスケ部は君をいつでも歓迎する。『奇跡の男』こと一条 茘枝君」と坂上。

万が一気が向いたらそうさせてもらうさ。
あと、「奇跡の男」は止めてくれ。俺はそのあだ名で呼ばれるのを認めてねぇんだ。

「そうなのか? みんなが君のことをそう呼んでいるからてっきり公認してるものだと思っていたよ。以後気をつける」と坂上は言い、「では、僕はこれで」と自分の教室へ戻ろうとした時、突然「待って。お近づきの挨拶にお1つどうぞ」と花梨が自分で作ってきた肉まんを坂上に勧めるというとんでもないことをしやがった。

坂上は「これはおいしそうだね。是非いただくよ」と肉まんに手を伸ばす。

青ざめる俺と江口、笑いを一層深める九重院。
流石に坂上が可哀想だ。
肉まんなんかで悶絶する姿をみんなに披露して、今までカッコいい男として築き上げてきた地位が崩れ落ちるなんてあんまりだ。

「おいおい、いいのかい? 彼女に怒られるんじゃないのか?」と俺は仕方がないので助け船を出してやった。

「よく知ってるね」と坂上はフレッシュな笑みを見せてから、「でも柚子はそんな事で怒るような小さな女性じゃないから、大丈夫」と俺の真意を全く読み取れず、すらりと自分の彼女自慢をしたコイツは肉まんにかぶりついた。

「終わった…」と俺が思った瞬間、「な!?」と本日二度目の驚きを俺は味わった。

坂上はとてもおいしそうに肉まんを食べていたのだ。

なんて奴だ。
俺も我慢して笑みを作る時もあるが、坂上のはそんなレベルじゃねぇ、本当においしそうに食べてやがる!
俺と同じく唖然とする江口。
面白いものを見つけたときに出す気色悪い笑い方をしながら生徒手帳に何かを書き込み始めた九重院。
「イイ食べっぷりっだねっ!」と満足そうな顔をして、この信じられない事態を全く理解していない花梨。

俺の思考停止から、ものの数分で完食した坂上は「とてもおいしかった、ありがとう」と笑顔で言い、笑顔では誰にも負けない花梨も「にゃはははっ! どういたしまして」と不純物など何も入っていない純粋な笑顔で答える。

そして、坂上は「一条君、君は毎日こんなに可愛い彼女のこんなにもおいしい手料理を食べているのかい? うらやましい限りだよ」と捨て台詞を残して「では」と俺達の教室から出て行った。

花梨は「テヘヘ」と何故か少し顔を赤くしていたが、メデューサの目を見てしまったかのように固まっていた俺は否定の言葉を発せられないまま、ただ坂上を見送っていた。

『……完璧だ』やっと俺の口から出てきた言葉は珍しく江口とハモった。


その後、坂上 隼人率いる二年八組は当然のようにバスケトーナメント優勝を果たした。

そして、土日をはさんで月曜日、再び退屈な学校生活が始まり俺はいつもの様に学校に登校したわけだが、その学校では今朝流れていたらしいあるニュースについて話題がもちきりだった。

朝の貴重な時間はギリギリまで睡眠に費やす主義の俺は当然、朝飯を食べる時間ましては朝のニュースを見ている余裕は無いわけで、この時点では事故について何も知らなかった。
俺が知ったのは、登校してから九重院に聞かされた時であり、俺は自分の耳を疑った。

「坂上 隼人を含む、坂上家全員が交通事故で亡くなった」



第二話に続く。

inserted by FC2 system