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走馬灯

俺は、学校の屋上から飛び降り自殺をした。
雲一つ無く、星が綺麗な夜だった。
そんな幻想的な日に自殺できるなんて幸せだと思う。
もっとも、今は学校内に誰もいないので俺の死体が発見されるのは朝になるだろうけど。
そんな事を考えていたら、すぐ目の前にコンクリートの地面が迫ってく――――。

気が付くと、俺は真っ暗な空間で寝そべっていた。
ここが死後の世界というやつだろうか? だとするとなんとも味気ない。
「自殺って厄介よね。神様でも予想できないんだから」
ふいの女性の言葉に、俺は文字通り飛び上がった。
声がした方向に振り返ると、そこにはスポットライトを全身に浴びた女性が立っている。
「君は――」
「あぁ、自己紹介とか必要ないわ。あなた、この後死ぬんだし。どうせ学生でしょ? 学生服着てるし。だったら、イジメが原因で自殺したんでしょ、違う?」
俺の言葉を遮って、女性は話を淡々と進めだした。しかも、彼女の言葉は全て正しかったので、俺はただただ頷くしかない。
「そう。それだけ分かれば問題ないわ。じゃあ、さっそく始めましょうか」
女性はどこからかテレビのリモコンのようなモノを取り出す。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何を始めるんですか!?」
俺は慌てた、思わず敬語を使ってしまうぐらいに。さすがに説明もなしに何かを始めないで欲しい。
いくらここが死後の世界といってもだ。
「だから、さっきから言ってるじゃない、自殺は神様でも予想できないって。だからココであなたの半生を私と一緒に振り返って、あなたが天国に行くのか地獄に行くのか判断するわけ」
「判断? それって――」
「はいはい。質問はメンドイからパス。実際にやってみた方が早いわ」
さっきから俺の話を一向に聞いてくれない女性は、リモコンのボタンを押した。
真っ暗な空間に突如、巨大なスクリーンが浮かんだ。映画館みたいだ。
そこに映されたのは、俺の過去の記憶。それも最近のものだ。
人気のない校舎裏で複数の生徒から暴力を受けている俺。暴力に参加してない生徒は、俺から奪い取った財布の中身をにやにや確認している。
「…………」
女性は黙ってスクリーンを見つめ、俺はスクリーンから目を逸らした。
自分がイジメられてる姿なんて見たくないし、味わいたくもない。だから俺は自殺をしたのだ。
「…………」
それからも女性は、黙々と俺の半生を見続けた。
長期間イジメられてる姿・恥ずかしい趣味・幼い頃両親を病気で亡くした事実、俺の全てが彼女の目に映って消えていく。
「……ふぅ、あなたの人生は、とてもヒドイものだったけど、悪ではないわ。あなたには十分に天国に行く資格がある」
俺の半生も残りわずかになった頃、女性はふと口を開いた。
彼女の目は、俺の目をじっと見つめている。とても誠実な対応だった。
「そうですか、ありがとうございます」
思わず俺は、女性に頭を下げていた。
俺の酷かった人生を、彼女が真摯に受け止めてくれて嬉しかったのだ。
これで心置きなく天国に行け――。
突然、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
驚いてスクリーンを見ると、そこには俺の半生の最後――、自分が生まれた瞬間の映像が流れていた。
スクリーンの中で、自分の記憶になく、写真でしか知らない両親が、生まれたばかりの自分を笑顔で抱きかかえていた。
「私たちは、体が弱いけど、この子には健やかに育ってほしいわ」
「そうだね。じゃあ、この子の名前は育(いくむ)にしようか」
その映像を見た俺、高坂 育(たかさか いくむ)の目からは、涙が止まらなくなっていた。
「すみません。俺は、やっぱり生きたいです」
「このあと、ツライ人生が続くとしても?」
女性の質問に、俺は力強く頷いた。
「そう」
女性は、小さく微笑んだ。

気が付くと、俺は病院のベッドの上で寝ていた。

End

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