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逆転

自身が独自で獲得する場合、
神が与える場合、
それにより、人間は第六感 つまり超能力と呼ばれるものに目覚める事がある。

──────全てを伝えるために さて、どこから書こうか。
オレの周りには不幸しかなかった。
オレは幼い頃両親を2人とも事故で亡くし、孤児院に入れられたらしい。
「らしい」と書いたのは、オレに物心がついた時にはすでにオレは孤児院で暮らしていたからだ。
だからオレは親を事故で亡くしたことも覚えていないし、親の顔も覚えていない。

孤児院での生活は最悪だったといえる。
金がない。行きたい学校にも行けない。自分の部屋がない。
なにより最悪だったのはミキをかばってしまったことだ。

孤児院に暮らしていた子供の1人で、オレと同じ年のミキはみんなから嫌われていた。
ミキは目が見えない。
子供は自分達とは異なる存在を認めず、遠ざけ、見下し、それを楽しむ。
だからミキは孤児院でも学校でも嫌われていた。
ミキは何も悪くない。目が見えないという理由だけで、ミキが何を言おうが、何をしようが、ミキはみんなから嫌われた。

幼かったオレは損得も考えず、ただバカ正直に正義のヒーローっていう奴に憧れていた。
だからオレはミキを守ろうとした。
その結果、オレもみんなから嫌われた。
最初はそれでも良かった。だって、1人ぼっちの女の子を守るなんて、それこそオレがなりたかった正義のヒーローって奴じゃないか。
だけど、月日が経って、正義のヒーローなんて本当はいないってことを理解し始めた頃、オレは後悔し始めた。
ミキにせいでオレはみんなから嫌われている。オレだってみんなと遊びたい。

オレはミキから遠ざかった。

孤児院を出たオレは社会人になった。
でも、オレの社会人としての生活は1年しか続かなかった。
会社の同僚に頼まれ、オレはローンの保証人になった。
親友だと思っていたその同僚に逃げられ、オレは借金を背負った。
それが会社にバレ、オレは会社をクビになった。
これが社会人としての生活が1年しか続かなかった理由。

誰も信じられず、社会のゴミとして暮らしていたある日、オレは変な夢を見た。
しかし、どんな夢かは全く覚えていない。ただ目が覚めたときに変な夢を見たなと思っただけだ。

その日から環境が激変した。
町をさまよっていたオレは宝くじを拾った。
その宝くじは一等で、オレは2億円を手にし、借金を全て返済した。
余ったお金で株を買ったらそれが当り、オレは一生遊んで暮らせる金を手に入れた。
彼女もできた。
オレは幸福だった。
まるで神様がオレの今までの環境を全て逆転させたようだった。

ある日、洗面所に行ったらオレの歯ブラシとコップがなくなっていた。
町に買い物に出かけた時、友達を見かけたので声をかけたら、「失礼ですが、どなたでしょうか?」と返された。
今思えば、その時から始まっていたのだ。
最近、彼女がオレの部屋に遊びに来ないので、オレは彼女の家を訪ねた。
家から出てきた彼女は不審な顔でオレを見た。
あんなにオレの事を愛していてくれていた彼女はオレを忘れていた。
そして、冗談だと思わないで欲しいのだが次の日、オレは女になっていた。

・・・1つの仮説を立てた。この仮説は多分、正しい。
神、または神に近いモノがオレとオレの環境を不憫に思った。
だから、神はオレを「逆転」させた。いや、「逆転」という能力を与えた。
おそらく、オレが変な夢を見たと感じた日に。

この「逆転」という能力はオレとオレの環境を物理的に逆転させる。
だからオレは金持ちになり、女になった。
さきほど物理的に逆転させると書いたのは、この能力は精神的な部分を逆転させないからだ。オレの性格が逆転していないのが証拠だ。
では、なぜ次々とオレの物が消えたり、彼女や友達がオレの事を忘れたのか。
オレは今、右手だけでこれを書いている。左手はもう消えている。
つまり、オレという存在は有から無へと逆転しようとしている。
死ではなく、オレは消滅するのだ。
すなわちオレはこの世にいなかった事になる。
だから、オレの物は消え、彼女や友達がオレの事を忘れる。

最後に今日の昼間の事を書かせてくれ。
オレはただ闇雲に歩いていた。
訳の分からない事が起こり過ぎて、泣くこともできない。
誰か、誰でもいい、オレの名前を呼んでくれ。
・・・気がつくと俺は孤児院の前にいた。
闇雲に歩いていたつもりだったが、無意識にここまで来ていた。昔、確かにオレが存在していた場所。
庭でたくさんの子供達が遊んでいる。
その子供達の中で笑っている女性は・・・

「ミキ・・・。」オレは声に出していた。
ミキは振り向いた。
そして、間違いない、「シュウちゃん?」ミキはオレの名前を口にした。
ミキは杖をうまく使いながら、こっちにゆっくりと歩いてくる。相変わらず目はしっかりと閉じられている。
お互いの距離が近づいた。何十年ぶりにミキを近くで見る。やっぱりミキだ。ミキの面影が残っている。綺麗になった。
オレは再びミキの名を呼ぶ。もちろん女性の声で。
ミキが返す「うん。お帰り、シュウちゃん。」

オレは泣いていた。もうボロボロと。
なんで、オレだと分かる?
どうして、オレの名前を呼んでくれる?
どうして、オレはミキから遠ざかった?
どうして、オレは気づかなかった?
ミキが尋ねる。「どうしてシュウちゃん泣いてるの?」
オレは泣きながら答える。

「今がとても幸せだから。」

そうして孤児院から机しかないオレの部屋に帰ってきたオレは今、この文章を書いている。
オレはあと数時間で消えてしまうだろう。
そして、その時、ミキはオレの事を忘れる。
なんとなく分かる。
いつも、オレは自分の事を僕と呼んでいる。
では、なぜ、文章には自分の事をオレと書いているのか。それは、文章に書かれている自分を別人にしたいからだ。
僕は消滅する。でも文章の中のオレは残るかもしれない。残らないにしても、文章が消えるのを遅らせる事ができるかもしれない。
なんでそこまでして文章を残したいのか、それは人々に伝えたい事があるからだ。

オレは昔、自分の周りには不幸しかないと思っていた。
だけど、本当は、幸せは周りに落ちていた。
ただ、それに気づかず、拾えなかっただけ。
オレ、そして神も間違えていた。
神もオレの周りには不幸しかないと思っていた。
だから神はオレに能力を与えた。
この能力のおかげでオレが消える事も神にとって,誤算だった。
オレは人々に伝えたい、
神は万能ではない。

ミキ・・・どうか幸せに。

End

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